そこが知りたい家電の新技術

シャープ「ヘルシオ コンパクト AX-CX1」

~“1人暮らし用”のヘルシオができるまで
by 大河原 克行
一人暮らし層向けのスチームオーブンレンジ「ヘルシオ AX-CX1」。“ヘルシオコンパクト”というペットネームが用意されている

 シャープは、1人暮らし向けのコンパクトなスチームオーブンレンジ「HEALSIO(ヘルシオ) AX-CX1」を、2011年1月20日から発売した。

 AX-CX1は、これまでファミリー向けを中心に展開していたヘルシオが、1人暮らしを対象に、イチから開発をした初めての製品。従来のヘルシオのエンジンをそのまま活用しながらも、コンパクトを図ったことを訴求するため、ペットネームを「ヘルシオ コンパクト」とした。量販店店頭でのPOPやカタログにも、この名称を使用して展開する。

 この新しい「ヘルシオ コンパクト」の開発の経緯、そして新たな市場開拓に向けた取り組みについて、シャープの開発担当者に話を聞いた。


ヘルシオが若年層に普及しなかった理由

シャープ 健康・環境システム事業本部調理システム事業部国内商品企画部・北川秀雄副参事

 2004年末に第1号機を発売したヘルシオシリーズは、2010年8月にの現行モデルで7世代目となる。

 その間、ヘルシオが主なターゲットとしてきたのは、50歳代以上の主婦層、2人家族以上の家庭だった。

 「日本の世帯構成からみれば、1人暮らし世帯は約3割といわれる。しかし、ヘルシオの購入層を分析すると、1人暮らし世帯の構成比は約7%に留まる。裏を返せば、そこに潜在需要があるともいえる」と、シャープ 健康・環境システム事業本部調理システム事業部国内商品企画部・北川秀雄副参事は語る。

2004年に登場した初代ヘルシオ。主なターゲットは、50歳代以上の主婦、2人家族以上の層だった同社のアンケートでは、ヘルシオを買った1人暮らし層は、全体の7%しかなかった

 1人暮らし世帯をターゲットにしなかった理由はいくつかある。その1つは、ヘルシオが得意とする過熱水蒸気ならではの健康調理機能が、若年層よりも、高年齢層や家族世帯に評価されやすかったという点だ。

 ヘルシオは、100℃以上の高温状態の水蒸気「過熱水蒸気」を使うことにより、脱油、減塩、ビタミンC保存といった“健康調理”が大きな特徴。「家族の健康のために、料理に気を使いたいという購入者が多い」(北川副参事)というヘルシオならではの需要層を獲得している。

 もう1つの理由は、ヘルシオの大きさにあった。

 ヘルシオの現行モデルでは、容量が30L(AX-PX1、AX-GX1)と26L(AX-MX1)がラインナップされている。かつては20Lの小型モデルを販売したこともあったが、1人暮らしの部屋では、やはりサイズが大きいという印象は否めなかった。また奥行きも、最上位モデルのAX-PX1で44cm、標準モデルのAX-GX1では47.5cmと大きかったため、キッチンカウンターの上には置けなかったり、一人暮らしの部屋のキッチンには置く場所がないというケースも少なくなかった。


1人暮らしでもヘルシオが欲しいという声が高まっている

 だが、ヘルシオを取り巻く環境は変化しはじめている。

 健康志向の高まりにあわせて、1人暮らし世帯でも、自分のために健康調理を作りたいという志向が強まってきたことがその最たる例だ。量販店店頭で、ヘルシオの説明を求める来店客が増加傾向にあったこともその証だ。

 しかし、「ヘルシオが欲しい」という声はあがっていたものの、大きさや価格などの観点から、ヘルシオの購入を諦めていたというのが実態だった。

 そこで、開発されたのが今回のヘルシオ コンパクトということになる。

 ヘルシオ コンパクトでは、奥行きを40cmにすることで、設置場所の柔軟性を高め、1人暮らし世帯で利用している小型冷蔵庫の上にも設置できるようにした。また、価格も市場想定価格が6万円前後と、従来製品よりも普及価格帯に展開。これにより、1人暮らしの家庭でも購入しやすいようにしたのだ。

シャープ 健康・環境システム事業本部調理システム事業部国内商品企画部・福岡慶子主事

 「主要なターゲットは“30代の1人暮らし女性”。美容、エステ、健康、そして手作り料理といったことに関心が高い層に、ヘルシオの良さを体験してもらえるようにした製品」(シャープ 健康・環境システム事業本部調理システム事業部国内商品企画部・福岡慶子主事)というわけだ。



“基本エンジンは変えられない”――ではどこをコンパクト化したか?

 ヘルシオ コンパクトの開発チームが結成されたのは、2010年1月頃。2010年8月に発売された、現行の第7世代ヘルシオの開発チームとは異なる「専門チーム」として発足したものだ。

 しかも、チームメンバーに選ばれたのは、ヘルシオの初代機から関わっている技術者など、「これまで中核を成してきた、少数精鋭といえるメンバーたち」(北川副参事)であった。ここからもシャープが、単にエントリーモデルのヘルシオを開発したのではなく、新たな市場ターゲットを想定したヘルシオの進化版を開発する意気込みであったことがわかる。

ヘルシオコンパクトの開発では、奥行きを40cmにおさめることが最大の苦労だった
 ヘルシオ コンパクトを開発するに当たって、最大の苦労は、40cmの奥行きに収めることだった。

 キッチンカウンターの上に設置したり、小型冷蔵庫の上に設置するには、40cmという奥行きの実現は避けては通れなかった。しかもその一方で、食パンを2枚並べて、しかもおかずを一緒に調理するには、1辺31.3cmの正方形の角皿で調理できることが、譲れない要素だった。これは、過去にあった20Lサイズの製品で採用していた角皿と同じサイズである。

 18Lの容量であるヘルシオ コンパクトでこれを実現するには大幅な改良が必要となる。しかし、基本エンジンなどは変更ができなかった。「ヘルシオのブランドを掲げる限り、エンジン性能を変えるわけにはいかない。開発当初から、AX-MX1と同じエンジンを採用することを前提としており、エンジンや水タンクを収めるのに必要なスペースは最初から決まっていた」(北川副参事)という状態だった。

開発チームは、蒸気ダクトの薄型化に、小型化の活路を見いだした

 そこで開発チームが目をつけたのが、蒸気ダクトの薄型化だった。蒸気ダクトは、庫内に大量の水蒸気を充満されるヘルシオには必要不可欠なもので、充満した水蒸気を、ダクトで結露させ、結露しない分を湯気として上部から出すという役割を果たす。これがなければ、噴出される蒸気は、天面部の棚や壁が濡れてしまうほどの驚くべき量になってしまうのだ。

 この蒸気ダクトは、従来モデルでは厚みが4~5cmあり、これが筐体の奥行きを増やす要素にもなっていた。だが、ヘルシオ コンパクトでは、厚みを約2cmに半減。形状にも工夫を凝らして、蒸気を結露させるために十分なスペースを確保した。

 「蒸気ダクトの形状は、横へ、横へと伸ばし、結果としてユニークな形状になってしまったが、この形にしたことで、奥行きを短くすることができた」(北川副参事)

 さらに、背面を壁にぴったりくっつけた状態で設置できる「背面壁ピタ」構造も採用。天面に必要なスペースも10cmとし、側面側のスペースも従来製品よりも狭くて済むようにしたのも特徴だ。

排気ダクトの厚みは約2cm。従来の半分としたダクトは横へ伸びる形状となっている横から見たところ。背面を壁にぴったりくっつけての設置もできる


モーニングセットが一度に調理できる――1人暮らし向けのメニューも搭載

1人暮らし向けのメニューを追加した点も特徴

 また、1人暮らしに適したメニューを追加した点も特徴だ。

 ヘルシオコンパクトでは、全49種類の自動メニューを搭載している。温め機能や、ピザやグラタン、茶碗蒸し、スポンジケーキなどのメニューのほか、一度に複数の調理が可能な「モーニングセット」、「お弁当セット」、「レトルトカレー&ごはん」、「スパゲティ&ソース」の4つのセットメニューを搭載している。

 モーニングセットでは、トースト、目玉焼き、ベーコン巻きを、角皿の上に一度に乗せて、自動メニューで操作することで、約11分でこれが完成する。また、「スパゲッティ&ソース」では、水を入れたプラスチック容器にパスタを入れ、レトルトパッケージのミートソースを同時に温めるといった使い方もできる。「お弁当セット」では、21種類のおかずから好きなものを準備して、角皿の上に並べればボタン1つで一度に調理できる。

トースト、目玉焼き、ベーコン巻きという「モーニングセット」が、一度に作れるという調理後パンはサクサク、卵は完熟と半熟の中間、アスパラはジューシーに仕上がった
スパゲティとミートソースの缶を同時に温めることもできるレトルト食品も、同じ皿に載せて調理できる。金ザルにも対応する自動メニューは、本体に表示された数字を選んでスタートするだけ

 「タッパー、金ザル、生卵もそのまま入れることができるのがヘルシオの特徴。電子レンジでは使用できないようなものを使いながら、一度に調理できるというメリットを最大限に生かした」(北川副参事)というわけだ。

 そのほかにも、健康メニューとして、蒸し野菜サラダや、鶏のから揚げなどのメニューを用意。手動加熱機能としては、レンジ、蒸し物、オーブン、グリルが選択できる。

 福岡主事は、「鶏のから揚げでは、鶏肉にから揚げの粉をまぶすだけ。しかも、ビニール袋のなかで混ぜれば済む。鶏肉の油だけを使うだけの健康的な調理ができ、しかも手を汚さず、油の処理も必要がないといった手軽さがある。料理の幅が広がるのもヘルシオだからこそ実現できるもの」と自信を見せる。

鶏のから揚げは、鶏肉にから揚げの粉をまぶすだけできあがり(写真上)はパチパチと脂が弾ける音がする。また、トレーの底には、肉から流れ出た脂が溜まっている(写真下)ただから揚げの粉をまぶしただけだが、しっかり味もついており、ジューシーに仕上がった

本体カラーには急遽ホワイトを追加

本体カラーは、“ヘルシオカラー”のレッド(写真上)に加え、「AX-PX1」で人気のホワイトを急遽追加した

 本体カラーは、レッド系とホワイト系の2色が用意された。

 ヘルシオのメイージカラーはレッド系。シルバーなどのカラーバリエーションを用意した時期もあったが、ホワイト系は、2010年8月の製品から追加したばかりだ。

 「キッチンメーカーの協力を得て、どんなカラーが売れているのかを調査した。その結果、ホワイトが増加していることがわかった。2010年8月に発売したPX1でホワイトを追加したところ、出荷台数の約半分がホワイトになった」(北川副参事)という。

 この結果をみて、ヘルシオ コンパクトでも急遽、ホワイトを追加することを決定した。

 8月に発売したPX1の結果をみて、追加を決定したということは、逆算すると、2010年秋からホワイトの製品化をスタートし、同年12月には製品を正式発表。2011年1月には出荷を迎えた計算になる。驚くほど迅速な方針変更が行なわれたわけだ。

 「1人暮らしのユーザーにも、ホワイトを選んでいただけると思って追加した。ヘルシオ コンパクトでも約半分はホワイトになると予測している」という。


量販店では、調理家電コーナーに展示されていない?

 一方で、マーケティング面でもいくつかの工夫を凝らしている。

 ヘルシオ コンパクトは、2011年1月20日から出荷を開始している。メインストリームとなる高級モデルが8月の発売であったが、それと時期をずらしているのは、一人暮らしを始める人の転居などが集中する春にあわせたものだ。

ヘルシオコンパクトは、家電量販店のヘルシオコーナーには置かれていないという

 そして、量販店の売り場に関しても、ヘルシオの展示コーナーには置かず、ヘルシオ コンパクトだけ、単身世帯向けの家電製品売り場に展示してもらうように働きかけた。

 「ヘルシオはサイズが大きく、価格が高いという印象が先行しており、購入検討機種からすでに外しているという1人暮らしの方々が多い。しかし、そうした方々に対して、ヘルシオも自分の部屋に置けるんだという気づきを提案したい。そのため、売り場そのものから変えていく必要があった」(北川副参事)とする。

 発売後の評判は上々だ。

「量販店の売り場スタッフからは、『こうした製品を待っていた』という声があがっている。ヘルシオが欲しい人に、しっかりとヘルシオをお届けする製品が、いよいよ完成したと自負している」と、北川副参事は自信を見せる。

「ヘルシオの1人暮らし世帯での購入比率を、現在の1桁から、最終的には3割程度にまで引き上げたい。ヘルシオの新たな需要層を開拓できる製品と位置づけたい」(北川副参事)

 ヘルシオが単身世帯という新たな市場開拓に向けて放たれた新製品「ヘルシオ コンパクト」の挑戦は、いま始まったばかりだ。





2011年2月10日 00:00