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ソニーが作った手回し発電モバイルバッテリーの狙い

by 藤山 哲人
手回し発電機がセットになった新モデル「CP-A2LAKS」。従来型のACアダプタも添付されている。充電器とバッテリーの接続がカートリッジ式になっているのが特徴だ

 スマートフォンは新製品が発売されるごとに高機能・高速化され、消費電力が多くなっている。それを補うため、数多くのモバイルバッテリーが発売され、現在、大容量化や高出力化が進んでいる。

 そんな中、ソニーが6月20日に新たなモバイルバッテリー「スマートフォン用手回し充電対応モデル USB出力機能付きポータブル電源セット CP-A2LAKS」を発売するという。この製品は、その名の通り、手回しでモバイルバッテリーが充電できるという代物だ。大容量化や高出力化が進むモバイルバッテリーの市場では、少し変わり種のように映る。その発売の経緯などについて、話を伺った。


カートリッジ式のデザインを活かしてさまざまな充電が可能

ソニーエナジー・デバイス株式会社の市販バッテリー部 市販事業推進課の家村 篤人氏

 他に類を見ない「手回し発電機付きのモバイルバッテリー」。その開発の経緯を、ソニーエナジー・デバイス株式会社の市販バッテリー部 市販事業推進課の家村 篤人氏はこう語った。

 「手回し発電機の構想は、私たちがモバイルバッテリーを初めて発売した2007年からありました。」

 実はソニーのヒット商品に「防災用 手回し充電 FM/AMポータブルラジオ」というものがある。東日本大震災よりかなり昔の2006年5月に発売され、手回し式の発電機を持ったラジオとLEDライト、そして携帯電話の充電機能を持たせた製品だ。今でもその後継機が発売されていて、人気の商品となっている。

 今回発売される手回し式発電機付きモバイルバッテリーも、そこからアイディアを得たのだろうと思ったが、事情はやや異なるようだ。

長年のヒット商品となっている「防災用 手回し充電 FM/AMポータブルラジオ ICF-B03」

 「手回し充電のラジオは、開発段階などで参考にしましたが、それが開発のきっかけというワケではありません」

 では、何が開発のきっかけとなったのだろう?

 「ソニーのモバイルバッテリーは、バッテリー本体部分(出力部)と、充電用のACアダプタ(入力部)に分かれたデザインとなっています。充電する際はカートリッジを差し込んで、モバイルバッテリーとして使う場合はカートリッジを分離してバッテリー部分のみが持ち歩けます。これは元々、さまざまな入力に対応できるようにという考えから、カートリッジ式にしていました。私たちとしては、バッテリーにも色々な入力部が使えるエンターテインメント性を持たせたかったのです」


従来と同様ACアダプタとバッテリーのセットも販売される

 となると、次は太陽電池パネルなど、他のカートリッジも発売されるのだろうか?

 「確かに“太陽電池で充電できるカートリッジ”などの構想はあります。また現在バッテリー側の出力部は5VのUSBコネクタとなっていますが、9Vなどといったほかの電圧を出力できるモバイルバッテリーを、既存の入力部にドッキングさせることもできるでしょう」

 他社のモバイルバッテリーは、そのほとんどがmicro USB、あるいはmini USBで充電するようになっている。ソニーではこれまでは入力部分としてACアダプタしかなかったが、手回し発電機という入力部分の登場で、“カートリッジ式”の特徴が出たことになる。


毎分120回転で3分間回すと1分間通話できる……それって微妙じゃない?

 さて、この「手回し発電機付きモバイルバッテリー」は、1分間に120回転の速度でレバーを3分回すと、およそ1分の通話が可能、ということになっている(スマートフォンの場合)。しかし、この時間は長いのか短いのか、非常に微妙なところ。その意図を聞いてみた。

 「手回し発電機のモバイルバッテリーのセットでは、通常のACアダプタも同梱されています。通常はACアダプタをお使いいただき、手回し発電は緊急時に使うものとお考えください。その上で緊急時の通話を考えると、安否確認などの電話が主になります。これらの内容は、1分あれば余裕をもって伝えられるでしょう」(家村氏)

 手回し充電は、あくまでも緊急時のためのもの。「誰が、どこに居て、怪我はないのか?」を伝えるだけならば、1分もあれば伝えられるだろう。

 「コンパクトな発電機なので、発電できる電力に限りがあります。より多くの電力を発電しようとすると、手回しのレバーが重くなり、レバーを軽くするとより時間がかかってしまいます。そこで、疲れない範囲で実用的な発電機を模索した結果、1分間に120回転で3分という発電時間となりました」

充電中はレバーが少し重くなるものの、ジョークを飛ばしながらでも楽に回せる程度だ

 ここで、実際に手回し充電を行なってみた。自転車のライトを点灯するのに発電機を車輪に接触させると、自転車のペダルが急に重くなるという経験をしたことはないだろうか。ソニーの手回し発電機もそれと同じで、バッテリーを接続していない状態では非常に軽いのだが、バッテリーを接続して充電が始まると、ハンドルが少し重くなる。



最初の数秒は手ごたえがないほど軽いが、充電が始まると若干レバーが重くなる

 発電機を回し始めて10秒程度は、充電モードに切り替わらないので非常に軽く、AV機器のダイヤルを回す程度の力でいい。しかし充電が始まると少しレバーが重くなる。言葉で表現するのは難しいが、だいたいガスコンロの火の調整ダイヤル程度といったところか。ただ、重すぎて回せなくなるということはない。女性や小学生の子どもの力でも、3分間程度であれば疲れずに回せるだろう。


1.5Aの急速給電も可能。充電できない機器には「モード2」で

 手回し発電機ばかりが注目されている新しいモバイルバッテリーだが、話を聞いてみるとバッテリー側の機能も強化されている。一番の特徴が急速充電だ。

 「従来品との大きな違いは、最大1.5Aの出力に対応した給電方式を新たに追加して採用した点です。充電に要する時間を短縮することができます。例えば、従来モデルを使った場合、スマートフォン※の充電に約310分を要しましたが、本機では充電時間は「約130分」となり、約180分(約58%)短縮できることになります」

※ソニー「Xperia acro HD」(NTTドコモ)を用いた充電比較。実際の充電電流は機器によって異なる

ソニーマーケティング株式会社のメディア・バッテリーMK課 シニアマーケティングマネージャー 白髭 誠二氏

 「最近のスマートフォンはバッテリーの大容量化が進み、これまでの充電に加え、さらに急速に充電できるモードを備えているものが あります。ソニーの『Xperia acro HD SO-03D』でも、最大1.5Aで充電します。付属の充電器の出力は、たいてい0.5A(500mA)~1A(1,000mA)なので、モバイルバッテリーで充電した方が短時間で済むという場合もあります」(ソニーマーケティング株式会社のメディア・バッテ リーMK課 シニアマーケティングマネージャーの白髭 誠二氏)

 また1.5Aまで出力できるので、タブレット端末の充電もでき、USBポートが2口あるので合計1.5A以内であれば2台同時充電も可能となっている。

  これまでのスマートフォン(タブレットを除く)は、たとえモバイルバッテリーが2A出力できたとしても、急速充電に使う電流はおよそ 0.43~0.47A(470mA)程度だ。しかし、急速充電機能を持つ最新のスマホなら、その3倍近い1.5Aもの電流を流すことで、“超急速充電”ができる のだ。

モードの切り替えは、本体中央のボタンで行なう

 さらに、「モード2」という、新たな充電モードも搭載した。

 「このモード2でスマートフォンなどを充電すると、スマートフォンとモバイルバッテリ間でUSBを経由して通信が行なわれ、充電に適したバッテリーであるかなどを確認して、充電を開始するようになっています。従来品で使われている“モード1”では、USBで互いの情報を特にやり取りせず、差し込めば充電を開始する方式になっています」(家村氏)

 しかし、普通のモバイルバッテリーは、USBコネクタをスマホに差し込めばたいていの機種で充電ができる。モード2にしなければ充電できない機器があるのだろうか?

 「弊社の製品で言えば、プレイステーション3のコントローラが、モード2でなければ充電できないようになっています。確かに最近のスマートフォンはほとんどモード1で充電できるようになっていますが、しかし現在発売中のスマートフォンには、モード2でなければ充電されない機種もあり、今後増えていくものと思われます。もしモード1で充電できない場合は、モード2に切り替えてみてください」(家村氏)

 充電の話のついでに、気になっていたことを聞いてみた。それは、「100円ショップなどで売っている、安くて電線の細いUSB-micro USBケーブルは、安全性に問題がないのか?」ということ。これについて家村氏は以下のようにアドバイスする。

 「お使いの機器で推奨されていない細いUSBケーブルは、発熱などの恐れがあります。スマートフォンには充電電流を考慮した設計のUSBケーブルが付属されていますので、こちらを使うことをお勧めします」


バッテリー残量は、本体中央にアニメーションで表示され分かり易い

ソニー独自の「オリビン型リン酸鉄リチウムイオン電池」を使わない理由

計画停電の間などに使える、家庭用蓄電池「ホームエネルギーサーバー」。以前筆者がレビューした製品で、LED照明などは10時間程度、液晶テレビであれば1~2.5時間利用できる

 新製品でもう1つ気になったのが、内部で使われているリチウムイオン電池のタイプだ。

 ソニーは昨年、家庭用の蓄電池「ホームエネルギーサーバー」という製品を世に送り出している。停電前に内部のリチウムイオン電池を充電し、計画停電になったときにコンセント代わりの電源として使えるという、デスクトップパソコンサイズの家庭用蓄電池だ。(レビューはこちら)

 この製品には、最新の「オリビン型リン酸鉄リチウムイオン電池」が使われている。通常のリチウムイオン電池は、500回の繰り返し利用で寿命となってしまうが、ソニーのオリビン型は6,000回以上繰り返し充電でき、従来型に比べより安全で、自然放電も少ないという。となればモバイルバッテリーにも、この最新の電池が使われていることを期待してしまうが……。

 「オリビン型の電池は、繰り返し回数は優れていますが、1本あたりの容量が従来型より少なくなってしまいます。ですから、小型、軽量、高容量が求められるモバイルバッテリーには、従来型の高容量型の電池を使っています」(家村氏)

 モバイルバッテリーの用途には向かないようだ。

 続けて、ソニー製リチウムイオン電池の強みについても伺ってみた。各社ともモバイルバッテリーをはじめさまざまな電池を市場に投入しているが、そんな中でソニーの優位性はどこにあるのだろうか。

  「ソニーが世界ではじめてリチウムイオン電池(充電式)を商品化したのは1991年5月のことです。それまでは充電式電池と言えば、ニッカド電池ぐらいしかありませんでしたが、まだ携帯電話が黎明期時代、ツーカーセルラー社の携帯電話用の電池として高容量のリチウムイオン電池を開発しました。それから20年に渡り、さまざまな改良が加えられ、今日に至っています。その長年に蓄積された技術のノウハウがソニー製リチウムイオン電池の最大の強みです」

長年にわたるソニーのリチウムイオン電池の歴史。技術や材料研究、極微量の材料の調合といったノウハウの上に成り立っているソニーが世界ではじめてリチウムイオン電池を商品化したのは1991年になるソニーのリチウムイオン電池のラインナップ。オリビン型は液系に当たる。ポリマーは、スマートフォンや電気自動車向けに、液体をゲル状のポリマーにして封印したもの

 しかし海外製の安価なリチウム電池も市場に出回ってきている。そうした安い電池とソニーの電池にはどのような違いがあるのかを尋ねると、家村氏はこのように警告した。

 「安価な電池には注意した方がいいでしょう。私たちも時折購入して実際にテストしているのですが、パッケージの容量表示と実際の値がまったく違っていたり、保護回路の不備など、非常に危険なものがあります。場合によってはテストをしなくても“それはありえない”という数値が表記されているのです」

 また、同じ「オリビン型」の電池でも、ソニーと他社製品では大きな違いがあるという。

 「電池担当の技術者『“オリビン型”という言葉だけひとり歩きしてしまい、自分たちのオリビン型と一緒にしないで欲しい』ともらしていました。電池の製造は、材料のごく微量の配合で大きく性能差が出ます。その点、20年のノウハウを持つソニーの電池は安全にお使いいただけます」

 製造元が不明ものや、あまりにも安すぎる電池には注意した方がよさそうだ。


ニッケル水素電池では3,000回の繰り返し使用が可能に

 なおソニーでは、モバイルバッテリーと同時に、新しいニッケル水素電池についても発売する。これについても、家村氏に話を聞いてみた。

 「ニッケル水素電池も、より手軽に、よりお手ごろな価格でお買い求めいただけるように、刷新しています。中でも『サイクルエナジー シルバー』は3,000回の繰り返し利用ができ、お買い得な充電器とのセットもよりお求め安い価格にしました」(家村氏)

 「サイクルエナジー」とは、同社の充電式電池のブランドであり、かつニッケル水素電池の商品名にもなっている。「サイクルエナジー ゴールド」は最小容量2,000mAhで1,000回繰り返し使えるニッケル水素電池で、「サイクルエナジー シルバー」は容量が半分の950mAhだが、繰り返し利用回数が3,000回というものだ。

 「利用回数3,000回というのは他社製品を大きく上回っており、新しいソニーのニッケル水素電池の特長になっています」(白髭氏)

「サイクルエナジー」というブランド名を持つ、モバイルバッテリーとニッケル水素電池、そして家庭用の蓄電池「ホームエネルギーサーバー」モバイルバッテリーと同時に刷新して発売されるニッケル水素電池

“主役はあくまで電子機器、バッテリーは影の立役者”

 今回のインタビュー中で、たびたび次のようなフレーズが登場したことに気づいた。

 「電池はあくまで電子機器を動かすためのものであり、手軽に使えて、しかも安全でなければならない」

 どうやらこれは、ソニーのバッテリーに対する基本コンセプトとなっているらしい。それは、「モバイルバッテリーをより長く最大のパフォーマンスで使うにはどうしたらいいですか? 」という質問ではっきりした。

 「確かにより長く使っていただける方法などはありますが、私たちはそれをお勧めしません。なぜならお客様にそんなご面倒をかけて使っていただいても、ほんのわずかしか長く使えないからです。ソニーのモバイルバッテリーは、そんなことを気にせずに自由に使っていただけるように設計していますので、自由に使っていただいてかまいません」(家村氏)

 “主役はあくまで電子機器であり、バッテリーは影の立役者”というのが、ソニーのバッテリーのスタンスなのだ。


まだ発売していないのに反響多数。いざというときを救う

 手回し充電モバイルバッテリーの発売日は6月20日。まだ発売日を迎えてはいないものの、既にユーザーからの反響があるという。

 「おかげさまでお客様からのお問い合わせを数多く戴いております。中でも販売店様からのお問い合わせが非常に多く、スマートフォン用のモバイルバッテリー売り場だけでなく、防災用品売り場でも販売される予定です」(白髭氏)

 実際に発売前の製品に触れてみて、充電時のレバーの重さや使い勝手を体験してきたが、単に“手回し発電”というオモシロ機能を搭載しているだけでなく、実用性の高い製品に仕上がっているという印象を強く受けた。

左はスマートフォンのアクセサリ売り場用のパッケージとなっている「CP-A2LAS」。右は電池売り場用のパッケージ「CP-A2LA」。パッケージが異なるだけで、製品は同じもの

 手回し発電機のセットモデルの「CP-A2LAKS」は、店頭予測価格は8,000円前後と少し高めではある。しかし、手回し発電機がないモデル「CP-A2LA」と「CP-A2LAS」の店頭予測価格は4,500円前後。イザというときに使える発電機が3,500円で買えるとすれば、すごく高い買い物とは言えないだろう。

 電気がない際のいざというときに防災用品袋の中に入れておきたいアイテムの1つだ。困った時の“影の立役者”として、助けてくれるだろう。







2012年6月18日 00:00