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実家の両親が使えるようにWi-Fi不要、子どもの写真をテレビで見れる「まごチャンネル」開発経緯を聞く

 結婚して子どもが生まれるというのは、新しい家族ができるということだ。その赤ちゃんは、お父さんお母さんにとって子どもであるとともに、おじいちゃんおばあちゃんにとっては可愛い孫となる。双方の実家が近ければ気軽に赤子の姿を見せることもできるが、祖父母が離れた場所に住んでいる場合は、なかなかその姿を見せるのが難しい。

 スマートフォンで撮影した写真をこまめに送るなど、赤ちゃんの姿を見せる方法はさまざま。だが、離れて暮らす祖父母がスマートフォンなどのデジタルデバイスの扱いに慣れておらず、自宅にインターネット回線やWi-Fi設備がない場合もある。

 そんなシチュエーションに対応するのが、株式会社チカクが開発した「まごチャンネル」。これはテレビに接続して使う機器で、スマートフォンで撮影した孫の写真や動画を送信するとまごチャンネルに届き、祖父母は大画面のテレビで孫の写真や動画を見られるようになる。通信機能を内蔵しているのでWi-Fi接続は不要、HDMIケーブルでテレビとつなぐだけで簡単に使える点が特徴だ。

チカク「まごチャンネル」。本体価格19,800円(税込)。月額利用料は1,480円(税別、最大2カ月無料)

 今回はまごチャンネルの開発経緯からコンセプト、そして株式会社チカクについて、共同創業者でありハードウェアの開発責任者を務める佐藤 未知氏に話を伺った。

株式会社チカク 共同創業者・佐藤 未知氏
テレビとまごチャンネルをケーブルでつなぐと、スマホから送られてきた写真が大画面で見れる。通信機能を内蔵しており、Wi-Fi接続は不要

iPadは使えなくてもテレビのリモコンは使える、まごチャンネルの起源

 まごチャンネルを開発する株式会社チカクは、2014年に設立されたベンチャー企業。現在の社員は社外スタッフを入れて10人で、決して大きな組織ではない。現在取り扱っている製品はまごチャンネルのみだ。

 「株式会社チカクはまごチャンネルを開発するためにできた会社です。2011年頃から代表取締役の梶原 健司が一人で企画して、色んな人にボランティアで手伝ってもらいながらプロトタイプを作っていました。法人化した2015年頃、本格的に動き出すというタイミングで僕も参加したので、共同経営者を名乗らせてもらっています」(佐藤氏)

 代表取締役の梶原 健司氏は新卒でApple Japan(アップルジャパン)に入社し、セールスや新規事業開発などを担当していた。梶原氏には2人のお子さんがいたが、実家の淡路島にはなかなか帰れず、祖父母に子どもを会わせることができなかった。その経験がまごチャンネルの開発に繋がっていく。

 「帰れないし動画や写真を見せるのも難しい。iPadなどを渡しても両親はうまく使えません。色々試行錯誤した結果、Dropbox経由で新しい彼の子どもの写真や動画を更新して、Mac miniを実家のテレビに繋ぎ、それをTeamViewerで彼が遠隔操作をして、スライドショーを手動でオンにするというのを毎朝やっていたそうなんです。それが『まごチャンネル』の最初の形です」

 iPadは壊したら怖い、使い方がわからないと敬遠する両親も、テレビのリモコンなら使える。テレビの入力切り替えはできるのだ。この方法なら両親に孫の写真や動画を見てもらえると分かった梶原氏は、数年間それを続けたという。しかし、毎朝の遠隔操作はなかなか大変だ。さらに両親に孫の写真を見てもらいたいというニーズは多くあるんじゃないだろうかと考えた。

Wi-Fiは使いこなせなくてもテレビのリモコンは使える。

 そこで実家が遠いなど、似たような境遇の人達に話を聞いたり、友達の実家まで行って「お孫さんの写真や動画をテレビで見られたらどうですか」とインタビューして回ったという。

 「わざわざサプライズのために、お孫さんの写真や動画を持って行ってパソコンをテレビに繋いで見せたそうです。するとやっぱり手応えがある。これはビジネスになるかもしれないと考えたんです。2011年頃にアップルジャパンを退職して、いくつかのアイデアの中から、『まごチャンネル』に繋がる開発を始めたそうです」

 ちょうど2011年は、デジタルフォトフレームが多くのメーカーから発売されブームを迎えていた。デジタル写真を手軽に見るということが習慣として広がり始めていた時期だった。しかしデジタルフォトフレームはほんの一瞬のブームに終わり廃れていった。その原因はひとつではないが、手動で写真の入れ替えをしなければいけなかったり、離れて暮らす実家のフォトフレームに新しい写真を送るのに手間がかかったりする点は大きかったようだ。

 「実家のフォトフレームって本当に使われていませんでした。なぜかというと新しい写真が来ないからおじいちゃん達、見ないんです。じゃあなぜ写真を送らないのか確認すると、見ているかどうかわからないから。手応えがない状態で毎日写真を送るなんて、人間には不可能なんですよ」

 ここで手間なく送れて、手間なく見られる。さらに新しい写真が届いたことがわかり、両親が写真を見ていることもわかる仕組みが必要だという、まごチャンネルが目指す形が見えてきた。

手間なくテレビで見れることに手応えを感じ、まごチャンネルができていった

 アップルジャパンを退職して、「まごチャンネル」のプロトタイプ作りに奔走する梶原氏が、佐藤氏と出合ったのが2014年。共通の知人を介して出会ったとき、佐藤氏は大学院の卒業を目前にしていた。

 「僕はその頃、電気通信大学で工学の博士課程にいて、博士の審査が終わったところだったんです。大学院を出た後は日本でハードウェアのスタートアップをやりたいなと考えていました。それもできるだけ人数が少なくて、まだ一人か二人ぐらいで初期メンバーになれるところです。でもそういうところは募集は出してなくて人づてなんですよね」

 梶原氏のチカクはまさにその段階だった。出会ってすぐに「まごチャンネル」のコンセプトを聞き、プロトタイプに接した佐藤氏は「一発でやられてしまった」と振り返る。そしてすぐにチカクに参画することを決めた。

Wi-Fiを使わず通信機能を内蔵する意味

 大学及び大学院時代に様々なベンチャー企業でハードウェアの製作に関わっていた佐藤氏は、「まごチャンネル」でもハードウェアを担当することとなる。在学中にシンガポールのベンチャー企業で働いていたことがあり、対日本向けの製品開発を経験したことが役に立った。

 「ハードウェアは作るだけじゃなくて、売るのも本当に大変。 僕は法令関係なども含めて経験があったのでハードウェアを担当するのが向いていたんだと思います。『まごチャンネル』はWi-Fiではなく内部に通信機能を搭載します。これって当時は、少人数のベンチャーが携帯電話を作るような話だったんです。例えば、モデムひとつ取っても選択は難しい。安いパーツを選ぶと、許認可や認証を自分たちで取らなければいけない。ならばちょっと割高でも最初からいろんな認証が取れている方が安いかもしれない。そういうことを考えて設計していくわけです」

 梶原氏がコンセプトを固め、ユーザー体験に基づくディレクションを行なっていく。アプリの挙動や最初に表示される画面、機能を細かく見ていく。佐藤氏はハードウェアとして形にしていくという分業体制で「まごチャンネル」は作られていった。

設定をシンプルにするため、Wi-Fiではなく内部に通信機能を搭載
在学中にシンガポールのベンチャー企業で働き、対日本向けの製品開発をしていたこともあるという

 デジタルカメラやスマートフォンは数多く普及している現在、家族の写真をアーカイブするサービスや機器は少なくない。そんな中でまごチャンネルではあえて通信モジュールを内蔵し、Wi-Fiではなく、モバイルネットワーク経由で写真を受信する仕組みとなっている。まごチャンネルを利用するためには通信費用が必要だ。これは新しいサービスを訴求し、ハードウェアを販売する上ではハードルともなる部分。あえて通信機能を搭載した理由はどこにあるのだろうか。

 「Wi-Fiは祖父母だけではセッティングできないので最初に諦めました。そもそも自宅にWi-Fiがある単独高齢者世帯って20%くらいしかないんです。さらにその中でWi-Fiのパスワードがなんなのか知ってたり、どこにあるのかわかる人は半分以下。そのほとんどが一緒に暮らしていない子ども達が設定したモノなんです」

 Wi-Fi接続を諦めて単独で通信ができるようにすると決めたが、それは製品開発のハードルを一気に引き上げた。写真を保存表示するだけならフォトフレームと基本的な仕組みは変わらないが、独自で通信機能を内蔵するとなるとそれは携帯電話を開発するような物になる。

 「しかも、開発当時は現在のようなお手軽に導入できるモデムもなかったし、MVNO回線のデータSIMも少なく、ハードウェア担当としては非現実的だと考えていました」

端子も非常にシンプル。電源とHDMI端子を接続するだけで使えるようになる

 しかし、それでも高齢者だけで使えると言うコンセプトは変えられない。「おじいちゃんの家にWi-Fi機器を持っていくこと自体が何も考えてないのと一緒」だという梶原氏の考えもあり、通信機能を内蔵するというアイデアは曲げなかった。

 その結果、箱を開けて、テレビと電源を繋ぐだけで使える。テレビのリモコン操作で自由に写真が見れる、高齢者だけの実家でも安心して使えるまごチャンネルができあがった。その体験がもたらす衝撃は、月額利用料がかかるというハードルを凌駕するものだった。

子育て中の女性から意見を収集、写真が届くと窓が光るおうちのような温かいデザイン

 まごチャンネルを解説する中で欠かせないのが本体となる、おうちのような優しく温かいデザインを採用した「まごチャンネル受信ボックス」だ。これは国内外で数多くのデザインアワードを受賞する、プロダクトデザイナーの石井 聖己氏の手によるもの。石井氏は過去のベンチャーコンテストでチカクの創業者である梶原氏と出会い、社外デザイナーとしてまごチャンネルの開発に携わるようになった。しかし、受信ボックスのデザインは開発の経緯で大きく変わっていったと言う。

 「最初は単なるHDDケースみたいな状態でした。例えば家庭用ゲーム機を小さくしたような箱ですね。プロトタイプを作る段階でアイデアをいくつも出してもらったんです。それを小さな子どものいるママ達に見せて意見をもらいました。すると厳しいんですよ。『はい、男のデザイン、かわいくない』ってバッサリ。こういう製品はママが認めてくれないと普及しません。だから石井には性別を替えて、女性になったつもりでデザインしてくれと話しました。そんな中で出てきたのが”おうち”というデザインなんです。これは『かわいい』と評判で、丸みをつけたり、細かく修正していく中で今の形になりました。最終のCADファイルのバージョンは70とかでしたよ」

 煙突のようなデザインと、小さな窓。新しい写真が届くと窓に光が灯る仕掛けも用意した。そうすることで、 いちいち「写真を送ったよ」と言う必要なく、祖父母も受信ボックスの窓の光を見るだけで新しい写真があることはわかる。後はテレビをつけて入力を切り替えるだけで、新しい写真が見られるというわけだ。

受信ボックスのデザイン変化。「おうち」がコンセプトだ

 ハードウェア担当として、工場となる中国・深センに通う日々も続いたという。

 「お互い英語で話しますが、ネイティブ言語が違い、しかも文化が違うので認識を揃えるのに時間がかかります。何よりも自分という人間、この会社、このプロジェクトを気に入ってもらわないと人は本気を出してくれません。まずは本気を出してもらうことが仕事なんです。だから深センの協力会社の担当者とも顔を合わせて話をするようにしました。23時の飛行機で香港に飛んで、始発のバスに乗って深センに入るのが大体8時半くらい。工場に9時に着いて話して、ミーティングして、また25時くらいの飛行機で東京に帰る。頻繁にそれをしました。それぐらい行くということが大事なんです」

 深センでハードウェアを作るとき、仕様通りに仕上がらないことは少なくない。しかし、工場も決して手を抜いている訳ではないと佐藤氏は語る。要求レベルがクライアントによって全然違うだけなのだ。例えば欧米の企業はパッケージの印刷ずれはさほど気にしないが、顧客に対する注意書きや法規表示は日本以上に厳しいという。だから、それぞれの要求をひとつひとつ伝えていく必要があるのだ。

 「例えば、まごチャンネルでは梱包箱にもこだわっているんですが、箱を開けるときに開くまでの秒数を指定できるか相談しました。大体3秒から6秒の間ですーっと開くといいなって言ったら爆笑されて、『これ、箱のサイズでしょ。秒数言ってきた人初めてよ』みたいに言われましたよ。でもやってくれる。『これはギフトです』と。中国でも親は大事にする。離れて暮らしている孫の顔をどうやって見せるかって課題は中国でも同じようにあって、親孝行のつもりで作ってくださいというお願いはよく伝わりましたね」

ギフトとして両親に贈られるため、まごチャンネルは梱包箱にも徹底してこだわった

 プロダクトの完成が見えてきた2015年。まごチャンネルはクラウドファンディングサイト・Makuakeに出展する。その結果、開始50分、1時間以内で目標の100万円をクリアし、500万円以上の調達を実現する大成功を収めた。近年では高額な調達例も増えているが、2015年時点ではIoT製品としてはトップクラスの成功だったそうだ。

 「マーケットの反応をみたい、と考えてクラウドファンディングを利用しました。初日に目標を達成できたらいいなと思っていましたが、この速さにはさすがにびっくりしましたね。すでにモニターユーザーには使ってもらっていたので、『使えばわかる、お金を払ってもらえる』という自信はあったんですが、最初の“買う”という判断を、どうしたらしてもらえるか、今のコンセプトで通じるのか、というのを試したいと考えての挑戦でしたから」

 クラウドファンディングでの反応が悪ければ販売戦略を大きく変える必要があった。 しかし、ふたをを開けてみると大成功。 中には夫婦双方の両親に贈るためにいきなり2つ購入するユーザーもいたという。

2015年にクラウドファンディングサイト・Makuakeに出展し、500万円以上の調達を実現した

「まごチャンネル」が家族の関係を変化させていく

 発売からから約2年が経過したが今でもまごチャンネルだけを扱っている。新製品は出さないのかと聞かれることも多いが、 現状はまごチャンネルに集中する状態だという。とはいえ新機能の追加など、機能面での強化は続いている。

 「最近リリースしたのがまごチャンネルアプリの『こどもファインダー』という機能です。現状iPhone版だけなんですが、『カメラロールの中でお子さんの写真を発見しました。送りますか』と自動で子どもが写っている写真を選んでくれるというもので、自前のAIで子どもの顔を機械学習した上で検知しています。

 色々と開発する中で、ハードウェアが必要な場合は新製品という形もあると思います。体験としてやりたいのは、まごチャンネルをもっといい状態にしたい。そしてもっと家族のコミュニケーションをあるべきいい状態にしたいということです」

 孫の写真や動画を両親に見せるというある種当たり前のことをシンプルにできるようにした、まごチャンネル。しかしそれを置くことで家族の関係が変わることも多いそうだ。写真を送る両親の子どもがひとりだったとしても、祖父母にとっては多くの孫がいる場合もある。まごチャンネルでは送信元を招待できるため、他の孫の写真も届くようになるという。

祖父母が写真を見始めたこともスマホに通知が来る仕組み。

 「孫やひ孫の写真と動画がどんどん来るから、テレビを見ていた時間をすべてまごチャンネルに費やす高齢者もいるようです。思っていた以上に喜ばれていて、『親が初めてまごチャンネルを見た時の顔が忘れられない』としみじみ言われたこともあります。まごチャンネルがきっかけで会話も増える。『こないだ転んでいたの大丈夫?』から会話が始まるんです」

スマホではなくテレビ画面で見ることで離れた家族との距離感も変わるという。

 まごチャンネルが目指しているのは、バーチャルの2世帯住宅だと佐藤氏は語る。赤ちゃんの成長は早い。特に3歳ぐらいまでは毎日のように変化がある。そんな時期にまごチャンネルがあればそれを離れた祖父母に見せられるのだ。それは写真を通した情報の共有であり、両親とのちょうどいい距離感が構築できるということなのだ。

まごチャンネルストアで購入した場合、アカウントなどの初期設定が済んだ状態で出荷してくれる。さらにお孫さんの名前のシールで名入れができる。

 実家のリビングにあるテレビで、遠く離れたところにいる孫の姿が毎日見られる。それは家族の精神的な距離を近づけている。発売から2年経ったまごチャンネルが愛され続けているのは、新しい家族の形を作り出しているからと言えそうだ。